同窓会

【同窓会】会長退任にあたって

根本哲生 1期生

(昭和医科大学医学部臨床病理診断学講座・昭和医科大学横浜市北部病院臨床病理診断科)

 

このたび、長年務めてまいりました同窓会長の職を、2期生の関根康弘さんに引き継ぐこととなりました。1期生として清真学園を卒業して以来、40年以上にわたって「同窓会長」の肩書をいただいておりましたが、この節目を迎え、バトンを渡すことといたしました。

卒業を間近に控えたある日、当時の小林教頭先生から、「清真にも同窓会というものを作らなければならない」「誰かが会長をやらねばならないから、とりあえず君がやりなさい」とのお話があり、まさに成り行きでの就任でした。その際に先生方から「まあ、30年は何もしなくていいよ」と半ば冗談交じりに言われたのを真に受けてしまったのは、今にして思えば反省すべき点であります。

もちろん、その間ずっと何もしてこなかったわけではありません。「総会」と称する懇親会を開いたり、「会報」の発行を企画したり、有志による活動もありました。しかし、社会人としての多忙さの中で、こうした企画をボランティアで継続するのは困難であり、いずれも一過性のものに終わり、持続可能な仕組みを構築するには至りませんでした。

会員名簿や会費の管理など、同窓会の基本的な機能は、担当教員や、後年には母校に就職した卒業生教職員の皆さんによって支えられてきました。日々の実務を担ってくださった方々には、心より感謝申し上げます。とはいえ、私自身、母校とのつながりを同窓生に意識してもらうための努力が足りなかったことを痛感しております。さらに、社会全体で「個人情報保護」への意識が高まったことも、名簿の整備を困難にし、同窓会活動の基盤を揺るがす一因となりました。

「何もしなくて良い30年」とはよく言ったもので、確かに卒業後30年を過ぎた頃から、母校への貢献、特に寄付金のお願いが現実的な課題となってきました。それに伴い、同窓会を再始動させようと試みましたが、旧会則では、全会員による「総会」しか議決機関がなく、約7,000人の会員を対象とした意思決定は、物理的にも財政的にも現実的ではありませんでした。

そこで、多くの他校の同窓会が導入している代議員制を本会にも採り入れるべく、会則の改正に取り組みました。卒業生教員の皆さんとの役割分担や、学園側との協力体制など、当初は不確定な点も多く、前途多難かと思われた時期もありました。しかし、山口理事長、飯山校長をはじめとする学園関係者のご理解とご支援、そして同窓生で知らないものはない、渡辺聡先生が「同窓会室長」に就任してくださったことにより、準備は大きく進展し、先日、新たな会則が総会で承認され、新体制への道筋を整えることができました。

本来であれば、ここからが母校創立50周年に向けた同窓会活動の本番であり、会長として舵取りを担うべき重要な時期ではあります。しかしながら、自らの本業もいよいよ定年を見据えた最後の数年を迎え、多忙を極めるなか、今後の数年間にわたる同窓会の活動に十分な時間を割くことができないのではないかという思いがありました。

幸いなことに、近年、第一線でのキャリアに区切りをつけた、地元在住の同窓生が増えつつあります。そうした中で、次代のリーダーとしてふさわしい方に会の舵取りを託すのが最良と考え、今回の会長交代を決断いたしました。

新会長の関根康裕さんとは、引き継ぎに際して何度もお話をさせていただきました。県内の教育行政に長年携わってこられたご経験を持ち、教育・行政への深い理解、柔軟な発想力と実行力、そして何より穏やかで調和を大切にされるお人柄に接し、この方であれば安心してお任せできると確信しております。

今後は一会員として、母校および同窓会のさらなる発展を、心から願い、見守ってまいりたいと思います。

これまで長きにわたり、ありがとうございました。

 

(関根会長(左)より根本前会長へ花束の贈呈)